2011-08-29
「漱石 マドンナの坂」シリーズ(5) -『それから』 九-
【三千代さん、神楽坂をのぼり来る 3】
(三千代 白百合の技 1)
花屋さんで創業から百五十年、七、八代が受け継いできた店といえば立派な老舗であろう。神楽坂下にある「花豊」は、そんなお店である。
"神楽坂って花屋さんが多いね" なんてことをときおり耳にするが、筆者が知っている神楽坂の花屋といえば、花豊、そして毘沙門天の門前に縁のある日に出る露店の花売りぐらいだ。
ともあれ、花豊を前振りにしたのは、今回、しゃにむに花豊と三千代さんを結びつけてみようとおもうからである。
前回は、ことのほか銀杏返しにこだわったが、物語ではそれ以上に白百合へも執念を燃やしているのだ。
では、ざっくりと、銀杏返しの三千代さんが代助宅に来たる場面を、またもふりかえってみたい。
三千代が来たときに代助は昼寝をしていた。そこで、三千代は買い物をしてから戻ってくることにした。が、そのとき、彼女は代助の寝顔をチラリとのぞいているのだ。
まずは、昼寝からお目覚めした代助と、代助宅を根城とする書生さん門野くんとの会話。
「御目醒ですか」と云つて、門野が出て来た。
「御茶でも入れて来ませうか」と聞いた。代助は、はだかつた胸を掻き合せながら、
「君、僕の寐てゐるうちに、誰か来やしなかつたかね」と、静かな調子で尋ねた。
「えゝ、御出でした。平岡の奥さんが。よく御存じですな」と門野は平気に答へた。
「何故起さなかつたんだ」
「余まり能く御休でしたからな」
「だつて御客なら仕方がないぢやないか」
代助の語勢は少し強くなつた。
「ですがな。平岡の奥さんの方で、起さない方が好いつて、仰しやつたもんですからな」
「それで、奥さんは帰つて仕舞つたのか」
「なに帰つて仕舞つたと云ふ訳でもないんです。一寸神楽坂に買物があるから、それを済まして又来るからつて、云はれるもんですからな」
「ぢや又来るんだね」
「さうです。実は御目になる迄待つてゐやうかつて、此座敷迄上つて来られたんですが、先生の顔を見て、あんまり善くてゐるもんだから、こいつは、容易に起きさうもないと思つたんでせう」
こんな感じだ。
三千代は代助が寝ている部屋まで上がってきた。ここが味噌だ。彼女が見たのは代助の寝顔だけではない。
実は、代助さん、三千代さんの足音が近づくのを勘づいたのか、この日、彼は鈴蘭で部屋を飾っていたのだ。
銀杏返しと白百合の技、これが展開されるのは十章なのだが、十の一はこんな具合で幕をあけている。
先の門野と代助の場面は十のニだから、ちょっと逆回しの場面。
「十の一
蟻の座敷へ上がる時候になつた。代助は大きな鉢へ水を張つて、其中に真白なリリー、オフ、ゼヴレー(※鈴蘭)を茎ごと漬けた。簇(むら)がる細かい花が、濃い模様の縁を隠した。鉢を動かすと、花が零(こぼ)れる。代助はそれを大きな字引の上に載せた。さうして、其傍(そば)に枕を置いて仰向けに倒れた。黒い頭が丁度鉢の陰になつて、花から出る香が、好い具合に鼻に通つた。代助は其香を嗅ぎながら仮寐(うたゝね)をした」
どうでしょうか。代助は眠れる森の美女のごとく、白い鈴蘭に囲まれてスヤスヤとお眠りになっていたのであります。
もう、おわかりでしょうか。
三千代さんは眠れる代助のお座敷に上がって、彼の寝顔よりも、部屋に満ちた鈴蘭の香りとあふれた白い花々に気圧されたのではないか。
そして、三千代の脳裏にこんな映像がほとばしった。
下記の引用は十の五だが、代助がかつて、三千代の兄宅を訪ねたおりに百合を買っていったときのこと、そこを漱石先生はこう描いた。
「昔し三千代の兄がまだ生きてゐる時分、ある日何かのはづみに、長い百合を買つて、代助が谷中の家を訪ねた事があつた。其彼は三千代に危しげな花瓶の掃除をさして、自分で、大事さうに買つて来た花を活けて、三千代にも、三千代の兄にも、床へ向直つて眺めさした事があつた。三千代はそれを覚えてゐたのである」
また、どうでしょうか。
三千代にとって、彼女と代助を結ぶのは鈴蘭ではなく白百合なのだ。
そんなおもいがあるゆえに、鈴蘭と居眠り代助を目の当たりにした三千代はびっくり仰天。
"違うわ代助さん、鈴蘭じゃないでしょう・・・"
そんなおもいを秘めて三千代は、白百合を手にすべく、代助を起こさずに一目散に神楽坂へと駆け出したのだ・・・。
「なに帰つて仕舞つたと云ふ訳でもないんです。一寸(ちよつと)神楽坂に買物があるから、それを済まして又来るからつて、云はれるもんですからな」
またまた、どうでしょうか。
門野くん曰く「・・・神楽坂に買物があるから、それを済まして又来るからつて・・・」
この買い物がなにかといえば、筆者には白百合としかおもえないのだが・・・。
つづく
※今回(三千代 白百合の技)は、思惑も外れて長くなってしまいましたので、つづきは次回の(三千代 白百合の技 2)とさせていただきます。
■本日もお立ち寄りありがとうございます。
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>白い鈴蘭に囲まれてスヤスヤとお眠りになっていた
返信削除pengは 花には 詳しくないんで ちょい 調べてきた。
スズランの花言葉って 「幸福が帰る」「幸福の再来」じゃそうな。 でもって 別名が「キミカゲソウ(君影草)」じゃそうな。
じゃから この花で よかったんとちゃうかな~? 三千代さんが代助のもとに帰ってくる っちゅ~のを 夢見ておったんかもしれんぞ。
さてさて~ 百合を買いにいったかも~の三千代さんが 戻ってきたら どうなるんじゃろ。 次に展開が たのしみじゃ~(^0^)
pengさん こんばんは。
返信削除鈴蘭の花ことば、なんだろうかとおもってはいたのですが・・・、
〉 「幸福が帰る」「幸福の再来」じゃそうな。 でもって 別名が「キミカゲソウ(君影草)
ふ~む、そうですか。
おもしろいですね、代助にはピッタリ。
〉戻ってきたら どうなるんじゃろ。 次に展開が たのしみじゃ~(^0^)
ご期待にそえるよう、探ってみますじゃ。